ちょうどその頃、一番苦しい時に支えてくれて、二年ほど付き合っていた人と別れた。
最後は、お互いをとても傷つけあうことになり、最悪だった。
その寂しさやむなしさから、一時荒れて、随分煩悩にまみれた愚かなことをした。

それで、真言宗によっては、まったく救われない自分に直面せざるを得なかった。

ちょうどその頃、四国とは別に、私の住んでいる九州にも、九州八十八ヶ所や九州西国霊場、篠栗八十八ヶ所といった、いろんな遍路があるのだけれど、その旅をしていて、誓願寺という阿弥陀仏が本尊の真言宗のお寺にお参りした。
真言宗でも、阿弥陀仏が本尊のお寺はときどきあるのだけれど、その時は、格別にとても深く感じ入るものがあった。
これは理屈ではない世界なのだけれど、阿弥陀仏の誓願や本願というものが、一挙に自分に飛び込んできて、それをとても聞けと願われているような気がした。

それで、ちょっと浄土真宗や浄土宗もかじってみようかと思って、法然や親鸞に関する本を読み始めたら、とても面白くて、すっかり病みつきになった。
その頃、手当たり次第に浄土教関連の入門書を読んで、暗中模索で読み耽ったけれど、その時に随分読んだおかげで、大まかな知識のラフスケッチと地図は身につけることができて、本当によかったと思う。

Sorry, comments are closed.