前は例え無理でもやっていたことが今は出来ないっていう根本的な理由が、果たして被災だけが理由なのか、とかは思っちゃうかな。

その嫁や孫達は一緒に生きていく協力をしてくれない前提なのか?
てかなんでこの手の公助の前提が弱者前提なんだよ。
こういう生活弱者はまず近所や親類の共助が前提なんじゃないのか?

公的なそれは全体的な復興や被災救済に当たることを推し進めて全体的な復旧をやっていく前提なんじゃないのか?
極論だが、自治体で就労可能世代の失業した人間を臨時職員で雇って災害復旧の簡易業務に就けて、食料や被服の救援物資を優先で現物支給したっていい訳だろ?

その上で上記のような弱者世帯に振り分けるための物資は用意するからそれは取りに来るくらいの算段はやってくれよって話でさ。
それが無理ならそこに力を貸すのがご近所さんだったりの共助だろ?
天災に見舞われたご不幸は確かに同情すべき部分は多々あるけどさ、だからって支援されるのが当たり前ってのはまず前提条件が違うだろって思っちゃうんだよ、申し訳ないけど。

そう。 生活保護や失業保険受けて生活してる輩が、自活する前提の支援なのに「貰って当たり前」って土壌と同じにおいを感じてしまうんだな。

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